第2章「−1」第3話


 さて……あたしが過去の時代に来ちゃったみたいだって事は分かったけど、これからどうすれば女にならなく てすむんだろう……  上履き履いたままウロウロするのも人に見られてイヤなので、とりあえず駅前の繁華街まで戻って靴を購入し、 思わぬ出費に痛手をこうむった財布の中身を考慮してアクドナルドの二階、窓際に設置されたカウンターに座り、 100円ハンバーガーとオレンジジュースで軽い夕食(あたしのとっては昼食…少し早いか)を取っていた。  今のあたしの持ち物はポケットに入っていた千円札数枚入りの財布に家の鍵。これだけが何ができるんだろ… …  どうすればこっちの「拓也」が「女」にならないで済むか……よくよく考えてみれば、これからどう行動すればい いのかさえもわからない。今から学園に戻ってもとっくに下校時間が過ぎてるから佐藤先輩は帰っちゃっただろ うし、もし捕まえられたとしてもあの人の性格から言って、あたしの正体を話した途端に女性化の薬を作っちゃ うのは目に見えてる。かと言って千里はどこに住んでるか全然わかんないし……  微かな希望を抱いてやる気になったのはいいけど、それを向けるべき方向性がいまいち見出せないあたしは、 窓から見える人の流れをぼんやり見つめながら、オレンジジュースをストローでゆっくりと啜るぐらいしかでき る事がなかった。  しょうがない。あたしが「女」になる原因の二人に手を出せない以上、残る手は一つ…… 「あら? あなた、さっき部室に来た子じゃないの?」 「………えっ?」  物思いにふけりながら――と言うより、考えてもほとんど何も考えていないのと同じ状態だったあたしは、そ れが自分に向けられた声だと気付くのに一瞬遅れてしまう。慌てて振りかえった先にはあたしと同じ宮野森学園 のブレザーを身にまとい、顔には知的でお堅い印象を受ける黒ブチ眼鏡にショートカットの女性……そう、こと もあろうに佐藤先輩がそこに立っていたのだ! 「なっ……どうしてここに!?」  会えるものなら会って説得できないかと思ってはいたけど、こうもいきなり登場されると心の準備もなく度胸 もあんまり備わっていないあたしは身も蓋もなくうろたえてしまい、咄嗟に席から立ちあがったものの、そこか ら何も言えなくなってしまった。 「隣の席、いいかしら?」 「えっ…えっと………はい……」  お…落ちついて……これはチャンスじゃない。佐藤先輩の方からやってきてくれたんだから……この場でなん とか女性化する薬を作らないように…… 「どうしたの? そんなところに立ってないで座ったら」 「は…はぁ……」  やっぱりダメぇぇぇ〜〜〜!! 先輩がそばにいるだけで緊張しちゃうよぉぉ〜〜〜!!もしこれがあたしが 本来いるべき時間で出会ったんだとしたら緊張なんかもしなかっただろうけど、今はあたしの正体がばれるわけ にもいかないし、話の切り出しを色々と考えている間も席に座り直して押し黙るしかなかった。 「………それで、あなたは一体誰なの?」 「えっ、えええぇ!? な、なんですか、それ。あ、あたしはその…そう、どこにでもいる女学生ですよ、別に 未来から来たとか、元々男だったとか、そんな事は全然ないですよ、あは、あは、あはははは〜〜〜♪」 「そう言う事を聞いてるんじゃないんだけど……」  結局先に口を開いたのは佐藤先輩の方だった。しかも一言目からあたしの正体を尋ねるような言葉が飛び出た ので、あたしは適当に頭に思いついた言葉を並べて、最後は笑ってごまかした。  なんか……自分からとんでもない事を口走っちゃったような気がしないでもないなぁ……  まぁ、佐藤先輩も疑わしそうな視線をあたしに向けてるけど、本気にしている様子もない。とりあえず、トレ イの上の卵焼きバーガーを一口かじり、よく噛んでジュースで流しこんでから再びあたしに話し掛けてきた。 「私が聞きたいのはあなたが相原君とどう言う関係なのかと言う事よ。部室で親しげに話しかけたかと思えば、 相原君が帰ったって聞いて慌てて出ていったし。それにあなた、その制服を着ているけど宮野森の学生じゃない でしょ。あなたほどの美人だったら一度見てれば覚えているはずよ」 「そ、そうですか? あたしぐらいの娘だったらいっぱいいますよ。ほら、先輩だって――」 「だから、私はあなたの先輩じゃないでしょ。幽霊部員ばかりとは言っても、部長として部員の顔はきちんと覚 えています。他校の生徒であるあなたに先輩呼ばわりされるいわれはありません」 「は、はぁ……すみませんでした、佐藤…さん……」  なんだか機嫌が悪いわね。どうしたんだろ?   なかなか向けられない顔を少しだけ先輩の方に向けると、さっきの会話が気に障ったのか、ハンバーガーをバ クバクと食べてしまうとおとが出そうなほど力いっぱいジュースを吸い上げ、中身が氷だけになった紙コップを トンッとトレイの上に置いた。 「それで? 私はまだ相原君との関係を聞いていないんですけど? 返答によっては事の次第を学園の先生に報 告しなければなりませんから、きちんと説明してもらいますよ」  あたしが知っている限りでは、自分の研究以外でここまで不機嫌な佐藤先輩はあまり見た事がなかった。それ だけに、あたしも迂闊な事を言えず、椅子に座ったまま先輩から離れるように体を斜めに傾がせていた。 「あ…あたしは……その……えっとですね……その……」  し…仕方ないかな。このままずっと黙ってたら佐藤先輩を余計に怒らせちゃうだけだろうし……ここは一つ― ―適当な嘘話をでっち上げよう。 「あの………そう、そうです、あたしは拓也の…従姉妹、従姉妹ですよ!」 「………従姉妹?」  あたしにしては良いごまかしだと思ったんだけど、従姉妹と言う言葉に先輩はますます眉をしかめてしまう。  あぁん、上手くいくって思ったのにぃ! ええい、女は度胸よ。もうこのまま誤魔化し切ってやるんだから! 「あたしは拓也のなくなった母方の従姉妹で、えっと…相原あゆみって言います。それでですね、制服を着てる のは…んと……たまたま家に遊びに行ったら夏美…さんがいて、一度宮野森学園に行って見たいって言ったら、 あの人の古い制服があって、それを着せられて……それで…あの……」 「相原君を探して科学部まで来た。来た時には既に帰っていたから慌てて追い掛けた。そう言う事ね?」 「へっ?……そ、そうなんですよ。よく知ってますね。ははははは〜〜…は……はは………」  最後の笑いのなんて乾いてる事……自分で言っといてなんだけど、こんなので先輩が騙されるはず……ないよ ね、やっぱり。  あたしのとっても軽い笑い声が尻すぼみに小さくなり、やがて収まってしまっても、やっぱり先輩はあたしを 疑わしげな目で見つめていた。レンズの向こう側で細められた瞳があたしの顔をじっと見ていたかと思うと、ゆ っくりと下に向かって移動し、あたしの腕や胸の膨らみ、腰のくびれ、スカートから伸びる太股までじっくりと 観察してから、再び上へと登ってくる。  ば…ばれちゃったかな? どうしよう……これであたしが女になる運命も変えられないか……… 「従姉妹か………四親等だと結婚もできるのよね……小説でもそう言うのはあるし……」 「? あの…何か言いましたか?」 「あっ、ううん、なんでもないのよ。そうか、相原君の従姉妹か。そうよね、そんなはずないものね、うふふ♪」  な、なに? なんだか急に機嫌がよくなった……う〜ん、ひょっとしてごまかしが上手くいったのかな? 「ねぇ、あゆみさんだっけ? あなたは相原くんの事はよく知ってるの?」 「え…えっと……まぁ、それなりに」  本人なんです。  とは口が裂けても言えないわね…ははは…… 「そうなんだ。よければもう少しお話を聞きたいんだけどいいかしら? そうね、ジュースか何か飲む? 私が 奢るから下で注文しましょ」 「い、いいです! あたし、そろそろ行かないと……」  あまりに急な態度の変わり様にイヤな予感を覚えたあたしは席を立とうとするけど、逃げるよりも早く、あた しの腕に佐藤先輩の腕が絡みついてきた。 「遠慮しなくてもいいのよ。私も研究でだいぶ疲れちゃったから栄養を補給したいし、あゆみさんにはお話を聞 かせてもらうんですもの、これぐらいはさせてもらわないと♪」 「だから、あたしは用事が、用事がぁぁ! お願いだから離してぇぇぇ〜〜〜〜〜!!!」  結局、いつになく強引な先輩の誘いを断りきることができなかったあたしは、それから二時間ほど、針の筵に 座らされているような気持ちで自分の事を誤魔化し誤魔化し話す事になってしまった。  そして、先輩があたしに気があったことを思い出したのは、あたしが女になった相原拓也本人だと打ち明ける 事も出来ずに別れてからさらに一時間後の事だった………


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